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最高裁判所第三小法廷 昭和60年(行ツ)64号 判決 1985年4月23日

北九州市若松区西天神町二番六号

上告人

坂本昇

北九洲市若松区白山一丁目二番三号

被上告人

若松税務署長

末松経記

右当事者間の福岡高等裁判所昭和五八年(行コ)第二七号所得税更正処分取消請求事件について、同裁判所が昭和五九年一一月二八日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。所論引用の判例は、事案を異にし、本件に適切でない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取拾判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤正己 裁判官 木戸口久治 裁判官 安岡彦 裁判官 長島敦)

(昭和六〇年(行ツ)第六四号 上告人 坂本昇)

上告人の上告理由

原判決には証拠の採否につき、経験則の適用を誤つた法令違反があり、更に民事訴訟法第三九五条第一項第六号に定める理由不備の違法がある。

一 第一審判決は、本件土地売買につき、所有権移転登記が上告人から訴外第一通産に直接売買された形となつていること、代金の授受が田中商事の事務所ではなく、第一通産の事務所でなされていること、訴外久保一男は不動産仲介の免許を有しないこと、土地売買の結果生じた利益が田中商事の帳簿に記入されて居らず、逆に久保一男が受取つた仲介手数料が収入として記載されていること、最初の売買(上告人と田中商事との間になされたもの)と第二回目の売買(田中商事と第一通産との間になされたもの)との間は二〇日余りであるのに、代金額において金九九〇万円の差があることを理由に、本件土地売買は上告人と訴外第一通産との間の直接取引であり、訴外田中商事は単なる仲介人に過ぎない旨断定し、上告人の請求を棄却した。

二 第一審の記録に現われた範囲においても、本件土地の最後の買主である第一通産の住宅部長長川崎昭一は本件土地を田中商事から買入れたことを明言し、契約書も第一通産と田中商事との間の売買として作成しており、更に手付金三〇〇万円及び残代金二、四二二万五、〇〇〇円につき、いずれも田中商事から正規の領収書が発行されている。

更に本件土地売買の仲介手数料合計金一八〇万円はいずれも久保一男が個人として発行していることが明らかであつて、この間に、これらの書類が全て直接取引であることを隠すために作成されたことを疑わせる事情は存しない。

三 訴外久保一男は、田中商事は単に仲介をなしたのみである旨証言するが、これは同人が個人としては不動産仲介の免許を有しないためにその事実の発覚によつて処罰される可能性をおそれて述べたものであつて措信し得ないものである。当時田中商事は倒産寸前の状態にあり、代表取締役田中敏男は金策に奔走している状況にあつて、経理上の処理は、殆んど同証人にまかせていた結果、同人において会社の利益を出す方法として仲介手数料と同額の範囲内で利益計上をなし、課税をまぬがれると共に処罰をまぬがれようとしたものであつて真実ではない。

四 第一審は、本件売買に関する登記手続が上告人から直接第一通産に売却された形で処理されていることを理由に、上告人の請求を棄却しているが売買物件が未だ自己の所有名義に帰していない場合は、いわゆる中間省略の形で登記手続が処理されることは、通常行われていることであつて、何ら異とするに足りず、売買の事実を否定する理由とはならない。このことは証人川崎昭一も明確に証言するところである。

五 第一審判決は、上告人の主張を否定する理由の一つとして僅か二〇日の間に価額において金九九〇万円の差額が生じているのは不自然であるとするが本件土地は、既に田中商事に売渡されたのち手付金の授受はあつたものの、残金の清算がない時点において、田中商事が第一通産との間に売買契約を締結した結果生じたものであるところ、本件土地については、上告人において有利な買手を見付け出すことが出来ず止むなく田中商事との間に取決めた価額で売却(ちなみに本件土地の当時の評価は金一七五〇万円程度のものであつてこれ以上の価額での取引は買手の発見に困難な状況にあつたものである)したのち、田中商事において最も有利と思える買手である第一通産との商談に成功したものであつて、その功績は田中商事のものであるから、田中商事において、堂々と上告人に転売価格を公開してはばからなかつたものである。仮りにこの段階で上告人が欲心を起し、転売価格に近い数額を田中商事に要求したならば、かえつて紛争を惹起する結果となつたことは想像に難くないところであり、むしろ上告人が当初の売買価格について増額を求めなかつたことは契約の履行に誠実であつたことを示すものである。

六 更に第一審判決は、田中商事と第一通産との代金授受の場に、上告人の長男坂本光男が同席し、一旦は代金の全額を預り、事後に差額金を田中商事に交付したことを以て不自然であるとするが、当時田中商事は倒産の可能性が大きく、上告人から見れば、上告人が受領すべき売買代金の確保も疑問視される状況にあつたために、第一通産から田中商事に売買代金が交付されたときに直に上告人の受くべき売買代金を受領すべく同席したものであつて、なんら不自然なものはない。

仮りに第一通産から田中商事に売買代金の全てが交付され、これが他の債権者に対する支払いに充てられていたならば、上告人は田中商事に対する本件土地代の確保は出来なかったものと思われる。又銀行員の同席も同じく、この売買代金が借入金二、〇〇〇万円の返済に充当される旨の約束があつたので、これを確実に回収するため同席していたに過ぎないものである。

七 以上述べた通り、本件土地の売買は書類上の処理は勿論、金員の流れにおいても、上告人から田中商事へ、田中商事から第一通産へと順次売却がなされたことは事実であつて、田中商事は単なる不動産売買の仲介人であるとする第一審の認定は誤りである。

仮りに田中商事が単なる仲介人であれば自己の売買代金の領収書は発行しないし、又自己が契約当事者となつて契約書を作成することもあり得ない。

これはどのような不動産仲介業者も慎重に避けて処理するのが通例である。田中商事の記帳上の問題は単に同社の経理処理の混乱を示すものであるに過ぎず、前述の事実を左右するものではない。

買主である第一通産においても、所有名義人であつた上告人に対し値段、面積等につき全く確認せず、全て田中商事との交渉によつて売買契約を成立させている点に照らしても田中商事を仲介者と認定するのは誤りである。

八 上告人は以上の諸点を主張し、その立証として証人田中敏男の証人尋問を求めたところ、右証人申請は援用され、原審において証人尋問がなされたものである。

しかるところ、原審は判決理由において単に「控訴人の本件請求は理由がないのでこれを棄却すべきものと判断するが」との前提を置いたうえ、証人田中敏男の証言中原判決認定事実に反する部分は原判決援用の証拠に照らし援用できないと説示するのみでその具体的理由については全く示していない。

通常不動産売買に関しては、証人田中敏男も証言するように、一旦第三者に売却されたのち、その者が当初から転売を予定しているとき、新しい買主の出現までに時間的経過が短く、未だ所有権移転登記手続が完了していない場合は最初の売主と転売の相手方となつた新しい買主との間で直接に売買されたかの如く移転登記がなされ、その間は中間省略登記がなされることは常識とも言える状態で取引がなされているのが実情であるところ、原判決はこれを無視し、なんら具体的理由を付すことなく上告人の請求を排斥したもので、この間には採証法則の誤りと経験則違反の法令上の誤りがあるというべきである。

更に又、原審は上告人の主張を裏付ける証言(本件については帳簿類の整備が完全とはいえないので、同証人の証言は最も重要な内容を持つものと評価すべきものである)をなしたのに対し、これになんらの理由を付することなく採用しない旨判示しているが、右のような場合、同証人の証言は書証の存在する場合にこれを排斥するときと同じく、如何なる理由によつていかなる部分の証言を採用しないかを個別的に明示すべきであるのにこれを全くなしていないのであるから民事訴訟法第三九五条第一項第六号に定める理由不備の違法があるものであるから破棄をまぬがれないというべきである(最判昭和三二年一〇月三一日判決、民集第一一巻第一七七九頁)。

以上述べた通り、本件に対する原判決には採証法則に関する経験則違反の誤りと共に、絶対的上告理由に該当する理由不備の法律違反があるものであるから、その破棄を求めて本上告に及んだものである。

裁判長裁判官 伊藤正己

裁判官 木戸口久治

裁判官 安岡彦

裁判官 長島敦

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